相続税対策の注意点

第2回 預金の引出しと相続税・贈与税の関係

今回のテーマは、生前に被相続人の預金口座からお金を引出すことと相続税・贈与税の関係です。その引き出したお金が相続財産と判断されるのか、贈与税の対象と判断されるのかがポイントです。

例えば、被相続人が存命中に相続税対策として預金を相続人の口座へ移すことや、死亡後に入院費用や葬儀費用を支払うために引出すことは税法上問題ないのかどうかなどは、よく質問されます。そこで、以下の事例でわかりやすくご説明します。

なお、死亡後の入院費用等の支払いの事例は、次回掲載する予定です。

父が入院中に何時まで生きられるか分からないので、生きているうちに父の預金を母と私(長男)の口座に毎年生前贈与しようと思います。110万円までなら贈与税の申告をしなくても良いと聞きました。
相続税対策として有効でしょうか?

父の預金を母と私(長男)の口座に毎年生前贈与してよいのか。

父が『自分の意思表示ができるか否か』によります。

意思表示ができない場合

民法では「贈与とは、当事者の一方が自己の財産を、無性で相手方に与える意思表示をして、相手方が受諾することによって、その効力を生ずる契約である」と定めています。つまり、父に財産をあげる意志があり、母と長男がそれをもらうことを承諾するという契約です。

仮に、父が数年も寝たきりで口もきけない状態で施設や病院に入院中に、父の口座から母と長男の口座に預金を移した場合は、父は贈与の意思表示ができる状態になかったため、贈与契約書や贈与税の申告書が提出されていても生前贈与は否定され、名義は母と長男であるが本来は父の預金であるとして「名義預金」と認定されます。

税務署からみれば、相続財産を相続人が故意に隠し、申告しなかったとして、重加算税がかかることもあります。

意思表示ができる場合

後日、税務署の相続税調査で「名義預金」と指摘されないためには、毎年、①贈与契約書の作成、②父の預金口座から母と長男の口座に振り込み、③預金管理はもらった母と長男がそれぞれ行い、④贈与税は父でなく母と長男が払う。さらに⑤それぞれの通帳、印鑑は各自持って、その口座から使った実績がある。誰がみても実際にもらっているという実績=証拠を残すことが大事です。

「名義預金」については、第1回 家族名義の預金で解説していますので、参考にして下さい。父の意識の状態ですが、税務署の調査では、相続人の証言の他に病院の医師やカルテ、近所及び周囲の人々の証言を参考とする場合もあります。

110万円までの贈与ならば贈与税の申告をしなくてもよいか。

はい。

贈与税の基礎控除が110万円ですから、贈与額が110万円ならば110万円-基礎控除110万円=0となり、納付する税額はなく申告する必要はありません

よくある事例は、申告して贈与の証拠を残すために111万円の贈与税申告をする例です。111万円-基礎控除110万円=1万円となり税率10%ですから1万円x10%=1,000円の税金を納めることになります。この場合は、贈与税の申告書の提出と贈与税の納付の両方の手続きが必要です。

あえて贈与税の申告納税を行う理由は、贈与した証を残すためです。しかし反面、贈与税の申告書の提出と贈与税の納税の両方をする手間がかかります。

110万円の贈与が、相続対策として有効かどうか。

有効です。

父から妻である母と長男に、110万円x2人=220万円が毎年贈与されるということであれば、仮に10年間続けたとすれば、220万円x10年=2,200万円 合法的に相続財産を減らすことができることになります。

相続税の税率が最低税率の10%とすれば、2,200万円x10%=220万円を相続時に払わなくて済むことになります。

しかし、相続開始前つまりなくなる3年以内の贈与は相続財産に加算されるので注意が必要です(相続税法第19条)。上記の例では7年間分の贈与額は相続財産から減らすことができますが、3年間分の220万円x3年=660万円は相続財産に加算されます。

執筆: 税理士 石倉祐司